【小説】湖の現在
夜明け前に小屋を出発し、湖へと向かって散歩するのが好きだった。
まだ暗い森の中を歩く。
周囲にあるのは木々が風に揺れる音だけ。
道は暗くて見えないが、もう何度も通った道だから見えなくてもなんの問題もない。
湖へと辿り着く頃には朝になっている。
それがわかっている道は、どんなに暗くてもむしろ快い散歩だ。
三年前、隕石の落下による火災で当時住んでいた小屋は森ごと焼けてしまった。
だから今は夜明け前の散歩をする機会がない。
だけど湖は変わらずそこにある。
今では湖の周囲には森はなく、草原が広がっている。
森がないだけで、どんなに深い夜でも暗くはならない。
月と星空の下にある、広い草原と、静かな湖。
だからいまはもう夜明け前からあえて散歩をする必要もない。