Fleur Aux Questions

よくあるご質問

フランシス・ティアフォー

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この前、ズベレフに勝ったティアフォー。

面白いプレーヤーです。

 

センスのいいスライスがクール。

コンパクトなスイングですごいボールを打つ。

 

モンフィスも好きですが、

ティアフォーのほうが現代的でスマートな

テニスをする感じがします。

 


Couple has sex during Tiafoe tennis match and everyone can hear it

 

 

 

スパイダーマン:ホームカミング

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この自作スーツ

これこそがスパイダーマン

自作武器(ウェブ・シューター)を駆使する

自作ヒーロー🕷🕸

 

アイアンマンなぜ出てきた?

たぶん大人と子供の比較的な。

アベンジャーズを断り👋

あえて個人的なヒーロープレイを選ぶ

それがスパイダーマン

 

Your Friendly Neighborhood Spider-Man

(あなたの親愛なる隣人スパイダーマン)

 

好きな子がヴィランの娘とかきつい😷

ヴィランにも守るべき家族がいる…

複雑というかむしろそれが普通か。

 

テーマソングがラモーンズなのがよかった🎸

Hey ho, let’s go🔥

 

組織されたヒーローチームであるアベンジャーズ=大人

個人的なヒーロープレイであるスパイダーマン=子供

そうみてみると構図的に面白い。

 

スタークが作ったアイアンマン並みのパワーを兼ね備えたスパイダースーツを着たらたぶんスパイダーマンは無敵だ🕷🕸

 

 

 

 

デミアン・チャゼル『ラ・ラ・ランド』──いつかの夢

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気付けば日常に埋没していて、いつかの狂気や夢はどこかに消えている。狂気や夢、それはスポットライトを浴びるということ。他の誰でもない自分が表現されること。

 

セバスチャンが雇われピアニストとしてクリスマスソングを弾くシーン(BGM演奏家に徹する姿としてそれはそれで個人的にはかっこいいと思うけど)と対比される、途中からオリジナル曲を演奏し始めるシーンの、表現することの喜び。

 

セバスチャンとミアがグリフィス天文台プラネタリウムを見上げているシーンと対比される、宇宙まで踊りながら上昇して行くシーンの、恋に没入する喜び。

 

高速道路で人々が渋滞につかまっているシーンと対比される、人々が次から次へと車から飛び出て歌い踊りまわるシーンの、夢を見ることの喜び。

 

『ラ・ラ・ランド』は、そうした「日常と対比される喜び」の表現に満ち満ちている。それはもう狂おしいほどに。

 

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私は、感情の高ぶりとともに突然歌い踊り出すミュージカルというものがとても好きなのだが、『ラ・ラ・ランド』もまさにそういう表現の喜びを感じさせてくれる映画だった。

 

ジャズに詳しい人たちいわゆるジャズ警察や、映画に詳しい人たちいわゆるシネフィルの人たちの批判とか、そういうのは言わせておけばいい。そういう人たちは、こまかいことにとらわれて素直に感情を感じたり表現できない可哀想な人たちというだけです。

 

「セブスへようこそ」と言い、セバスチャンが弾き始める売れないピアニスト時代のオリジナル曲とともに映し出される、ありえたかもしれない二人の幸せの回想シーン。

 

そんなのもう泣くしかないじゃないか、ちくしょう、ずるいよ。

 

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Ost: La La Land

Ost: La La Land

 

 

 

花村太郎『知的トレーニングの技術』

 

知的活動には方法がある。世界にたいして何の方法ももたずに対峙することは、何をどうしていいかわからない目眩を起こさせる。

 

アントワーヌ・ロカンタンが吐き気をもよおしたように、世界とは何か不気味なもの、恐ろしいほどの混沌として私たちの目の前に広がっている。

 

世界の混沌を前にして、吐き気をもよおすことなくなんとかやっていくためには、世界を理解できるもの=分かるものにしなければならない。

 

分かるとは「分ける」こと、つまり世界の全体という混沌を、自分の立ち位置からある視点として見た対象としてとらえることだ。

 

こまかいことはどうでもいい。さまざまな方法や取り組み方の羅列を見ることは、暇つぶしにはいいが、本当に重要なのは、自分が何を見るのか、何を対象として世界から切り出すのか、ということだと思う。

 

知的活動の、労力を節約するためにパターン化する科学的側面ももちろん有用だけど、その方法では世界という混沌を見なかったことにするだけで、実は何も解決されていない。

 

夏目漱石が留学中に膨大な本を読んでも全然落ち着かず神経衰弱に陥ったとき、自分で文学というものの概念を作り出さなければ救われないと思ったように、私たちもまた、自分で世界というものの概念を作り出さなければ救われないのだと思う。

 

スピノザが死ぬほどの悩みに陥って『エチカ』を書いたように、誰もが自分なりの「道具」を使って自分なりのエチカを書かなければ救われないのだと。

 

 

 

 

嘔吐 新訳

嘔吐 新訳

 

 

 

文学論〈上〉 (岩波文庫)

文学論〈上〉 (岩波文庫)

 

 

 

知性改善論 (岩波文庫)

知性改善論 (岩波文庫)

 

 

 

 

 

 

 

ドクター・ストレンジ

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ドクター・ストレンジは医者だったが事故で両手の自由を失い、治療を求めてエンシャント・ワンという魔術師に弟子入りする。

 

エンシャント・ワンは原作のような老人のいかにもな魔術師ではなく、ティルダ・スウィントン演じる謎の女性というところがいい。

 

マントがかわいかった。あと、最後にマイティソーが出てきたのがなんか嬉しかった。