金木犀 十

  十

幾何学模様の床、古めかしい木目の壁、どこかの大きなホテルの中を子供用のカートに乗って走っている。二〇一号室、二〇二号室、二〇三号室と次から次へと部屋の扉ドアの前を通り過ぎる。その先に二〇七号室のドアが開いているのが見える。カートを停めると僕はその二〇七号室に入った。

部屋の奥の方に、浴槽があり、半透明のカーテンの先で一人の女性がシャワーを浴びているようだ。スタイルが良く、カーテンに遮られてはいてもあきらかに美しいことを予感させる艶かしいシルエット。

「昇平くん、昇平くん、来て」優しく、官能的な女の声が僕を呼んでいる。甘い女の匂いが漂う浴槽に惹き寄せられ、僕はシャワーカーテンを開けた。

そこには一人の老婆がいた。老婆の肉体は腐って剥がれ落ち、浴槽には血と臓器と肉片がぷかぷかと浮かんでいた。老婆は突然頭を激しくガタガタと震わせて、不気味な叫び声を発しはじめた。そしてべちゃべちゃと崩れ落ちて、完全に肉片になった。

僕は後ろを振り返り走って逃げた。再びカートに乗り、全力でペダルを漕いだ。

ホテルの入り口まで来ると外は吹雪だった。カートを捨てて、一心不乱に吹雪の中へと走り出した。ホテルの外は迷路になっていた。ヨーロッパによくある植物で仕切られた庭園迷宮だ。深く積もった雪に焦る脚を取られながらも、出口を目指して前へ前へと進んだ。

背後から男の影が息を切らしてこちらを追って来ている。「しょーうへーい!しょーうへーい!」とそいつは叫び、不自由な片足を引き摺りながら、確実に近づいて来る。奴は遅い、しかし行き止まりになったらおしまいだ。という恐怖感を振り払うかのように僕はとにかく前へ前へと進んだ。右に曲がり、左に曲がり、また右に曲がり、二十分くらいは走っただろうか。

振り返った時、もう男の影はなかった。追って来る気配もない。助かった、と思ったその時、頭の上から何かが落ちてきた。どかっと肩にのしかかり、それは強靭な力で僕の首を絞めはじめた。それは女の太腿だった。

僕は女の太腿に首を絞められて、気を失った。