【小説】『扉』

 

 

 

 


 内歩市のとあるバーにはいつもすり減った男たちがそれぞれ一人で酒を飲んでいる。
 薄暗い店内の中央にはビリヤード台があり、壁際にはピンボール台があるが、誰も使っていない。
 男たちはただ黙って座っていて、時折ひとことふたこと言葉を交わすだけだ。


 荒居仗介がいつものカウンター席で推理小説を読んでいると、突然隣に見知らぬ男が座った。
 その男はバーで見かけたことのない異邦人のようだった。
 裏路地にひっそりとあるその隠れ家的なバーには、ほとんど見知った人間たちしか来ないため、知らない男は珍しかった。


 「あなただけに秘密でおしえますが、異界の門が開かれる時が来ました。それは今夜の0時です」


 そう言うとその男はなにも飲まずにバーから出て行った。
 このバーの酒はどれも格別に美味いというのに、わかってないやつだな、と仗介は思った。


 仗介がバーから切り上げて自宅まで帰り着いた時ちょうど時刻は夜の0時だった。
 いつものようにドアの鍵を開けるとそこはよく知っている自分の家ではなかった。
 玄関の代わりに草原があり、その向こうに天まで続く階段が見えた。

 

 仗介は草原を進み、真っ白な階段を登った。


 空の上まで登りきるとまた自宅の扉があった。


 その扉の鍵を開けると、そこにはいつもの自分の部屋があった。


 荒居仗介が自分の部屋へとたどり着いたのか、それともどこか違う世界へと消えてしまったのか、そんなことを気にかける者など誰もいなかった。