【小説】『転職』

 

 

 

山下里生は大学を卒業してから三年ほど働いた仕事を辞め、家に引きこもるようになってもう半年が過ぎた。

転職サイトに登録して30社ほど面接や試験を受けてはみたものの、世の中の不況の影響もあり、里生の働きたいと思うような条件を満たす会社にはどこにも雇われなかった。

途中から自分が何のために転職活動をしているのかわからなくなり、それから何のために生きているのかさえわからなくなった。

そして里生は家から一歩も外に出られなくなった。

 

家から徒歩5分の地下鉄の駅前にあるコンビニに食べ物を買いに行くことだけが里生と外の世界との唯一の接点だった。

コンビニへ向かう道でいつもすれ違う1匹の猫(その猫を里生は好きな映画のフルメタル・ジャケットのキャラクターになぞらえてMr.ハートマンとひそかに名付けていた)だけが、自分の気持ちを理解してくれる唯一の存在のような気がしていた。

 

テレビを見て過ごすことにも飽きたし、本を読んでも文章は全然頭に入ってこなかった。

里生はほとんど一日中、ぼんやりとゲームをして過ごしていた。

 

その日、里生はいつものように昼の1時頃に起きて、すぐにゲームをスイッチを入れた。

アメリカ兵になってベトコンを殺戮していくオンラインゲームだ。

その日の目的は次の敵拠点の制圧と、新しい武器の獲得だった。

 

セーブデータをロードして、前回の続きの画面が開いたと思った瞬間、ベトナムの戦地に立っているのは、画面内のアバターではなく、ほかならぬ里生自身だった。

 

 

それから何ヶ月が過ぎただろうか、今では里生も他の人たちと同じように毎日普通に働いている。

毎朝5時に基地で目覚め、軍服に着替えて、ひたすらベトコンを殺し続けるのだ。

無謀とも言えるほどの勇敢な行動で幾度も仲間の窮地を救った功績が認められ、少佐にまで昇進した。

 

そこでは、自分が何のために生きているのかなどと迷っている暇などなかった。

生きるために、ただ殺し続けるだけだ。

 

こうして里生は、転職に成功したのである。