【短編小説】『ある島の不可能性』第5話

  二十九

 音がなく見ることができない?
 光がなく聴くことができない?
 そういう状態が想像できない。
 組み合わせが逆のように思えた。
 対角線上に位置した4つの点が交錯する中央に音と光がある。
 そのどちらかが消えても4つの点はうまく交差することができない。
 4つの点とは、紙、ペン、君、私、のことである。
 暫定的な考察に比較的満足した私は、そのA4サイズのレポート用紙を三つ折りにして、ポケットに入れた。

  三十

 ふと足元を見ると1匹の猫が私を見上げていた。猫は私の足にひとしきり頭をこすりつけると、満足げに体を震わせて、部屋の隅にある暗いダクトの向こうへと足早に走り去った。猫とは気ままなものだな、と私は思った。幼いころ父の部屋にいた飼い猫は厳格な父などおかまいなしに本棚を荒らしたり机の上を散らかしたりしていた。父は猫にだけは寛容だった。それは父が猫を所詮は畜生に過ぎないと見下していたからだ。寛容さは見下しの仮面だ。

  三十一

 父は私の20歳の誕生日に突然いなくなった。いつもなら仕事から帰って来る時間に帰って来ず、次の日もその次の日も帰って来なかった。やがて母は悲しみに耐えきれずよく私にやり場のない怒りをぶつけるようになった。そして、私の21歳の誕生日に母もいなくなった。母にとって私はただの畜生に過ぎなかった。父にとっての飼い猫と同じだ。安定した生活を送っている時は優しく見守ってくれたが、均衡が崩れだすとたちまち心の奥の隠された憎しみが姿を現わす。それが悪いとは言い切れないと今では思う。人間は猫とは違う。私はその後、猫と一緒に祖父母の家に引き取られて暮らした。