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Fleur Aux Questions

よくあるご質問

デミアン・チャゼル『ラ・ラ・ランド』──いつかの夢

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気付けば日常に埋没していて、いつかの狂気や夢はどこかに消えている。狂気や夢、それはスポットライトを浴びるということ。他の誰でもない自分が表現されること。

 

セバスチャンが雇われピアニストとしてクリスマスソングを弾くシーン(BGM演奏家に徹する姿としてそれはそれで個人的にはかっこいいと思うけど)と対比される、途中からオリジナル曲を演奏し始めるシーンの、表現することの喜び。

 

セバスチャンとミアがグリフィス天文台プラネタリウムを見上げているシーンと対比される、宇宙まで踊りながら上昇して行くシーンの、恋に没入する喜び。

 

高速道路で人々が渋滞につかまっているシーンと対比される、人々が次から次へと車から飛び出て歌い踊りまわるシーンの、夢を見ることの喜び。

 

『ラ・ラ・ランド』は、そうした「日常と対比される喜び」の表現に満ち満ちている。それはもう狂おしいほどに。

 

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私は、感情の高ぶりとともに突然歌い踊り出すミュージカルというものがとても好きなのだが、『ラ・ラ・ランド』もまさにそういう表現の喜びを感じさせてくれる映画だった。

 

ジャズに詳しい人たちいわゆるジャズ警察や、映画に詳しい人たちいわゆるシネフィルの人たちの批判とか、そういうのは言わせておけばいい。そういう人たちは、こまかいことにとらわれて素直に感情を感じたり表現できない可哀想な人たちというだけです。

 

「セブスへようこそ」と言い、セバスチャンが弾き始める売れないピアニスト時代のオリジナル曲とともに映し出される、ありえたかもしれない二人の幸せの回想シーン。

 

そんなのもう泣くしかないじゃないか、ちくしょう、ずるいよ。

 

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Ost: La La Land

Ost: La La Land