Frequently Asked Questions

よくあるご質問

くるり『琥珀色の街、上海蟹の朝』

 

またくるりは余計なことをした。くるりはいつも余計なことをする。そして余計なことをするのがうまい。中途半端なクオリティを極めている。

 

表題曲の『琥珀色の街、上海蟹の朝』は、よくできたラップミュージックである。シティポップと真部脩一のパクリ的なナンセンス詞をかけあわせ、軽妙なバランス感覚で、最高におしゃれで洗練された楽曲に仕上げている。

 

くるりを聴くという時間は、いったいどこにあるのだろう?人は日々めまぐるしく活動する中で音楽を聴く時間をなかなか得ることができない。せいぜい通勤の途中か、寝る前の小一時間といったところだろうか。そんな限られた時間にくるりを聴くというのは相当物好きな人物だといえるだろう。

 

現代においては、暇な人間しか邦楽つまりくるりを聴かない。音楽に通じた多忙な者たちは加藤ミリヤ清水翔太、あるいはその両者のコラボ楽曲を聴くことで時間を有効活用することであろう。

 

くるりのことはいったん忘れよう。もとよりそれほど重要なバンドではない。なぜ重要でないのかといえば、曲が洋楽の焼き直しであるとか、ポップさに欠けるとか、真に創造的でないとか、ということではなく(もちろんその通りだが)、単純に、曲が長すぎるからである。

 

3分という時間は長すぎる。3分あればウルトラマンは地球を一体の怪物から救えるし、カップラーメンも作れるし、顧客に見積もりを一件送ることだってできる。そんな貴重な時間をわざわざ余計なことをして過ごす意味がわからない。まったく無駄である。(ちなみに『琥珀色の街、上海蟹の朝』は5分以上ある)

 

人は事実において、かぎりある時間を無駄にすることができる。その点において、くるりを聴くことには意味がある。余計なことをあえてやること、無意味と戯れること。そうした実践的アティチュードをもった者にとって、くるりというバンドは、絶妙な一過性の消費物として流通しているのである。

 

くるり『琥珀色の街、上海蟹の朝』スペシャルインタビュー

 

http://t.clubberia.com/ja/interviews/334-Masayoshi-Fujita-Jan-Jelinek/

 

琥珀色の街、上海蟹の朝

琥珀色の街、上海蟹の朝

 

 

 

Bird, Lake, Objects

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PPAP(DVD付)(通常仕様)

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