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Fleur Aux Questions

よくあるご質問

東浩紀『一般意志2.0ーールソー、フロイト、グーグル』

 

 

 人民全員でひとつの意志を形成すること(一般意志)は、ルソーの構想においては、必ずしも人民全員で政府を運営すること(民主主義)に繋がらない。彼にとって重要なのは、国民の総意が主権を構成していること(国民主権)、ただそれだけなのであり、その主権が具体的にだれによって担われるかは、国民が望むのであれば王でも貴族でもだれでもよいのである。p38

 

社会契約は、あくまでも個人と個人のあいだで結ばれるものであり、個人と政府のあいだで結ばれるものではない。主権は、人民の一般意志にあり、政府=統治者の意志にはない。これが『社会契約論』の中核の論理だ。p39

 

一般意志は特殊意志の単純な和にすぎない。しかし一般意志は、その単純な和から「相殺しあう」ものを除いたうえで残る、「差異の和somme differences」として定義される。p44

 

ここでのルソーの主張は、読みまごうことなくはっきりとしている。一般意志が適切に抽出されるためには、市民は「情報を与えられてinforme」いるだけで、たがいにコミュニケーションを取っていない状態のほうが好ましい。彼はそう明確に述べている。つまりは、ルソーは結社を認めないだけではない。直接民主主義を支持するために政党を認めないというだけでもない。彼は、一般意志の成立過程において、そもそも市民間の討議や意見調整の必要性を認めていないのである。p53-54

 

実際、ルソーはある箇所で一般意志を「モノchose」になぞらえている。彼は、『社会契約論』と同年に出版した有名な教育論『エミール』の第二編で、まさに『社会契約論』の議論そのものを参照しながら、人間の存在を「自然に由来する事物への依存」と「社会に由来する人間への依存」に分け、(ルソーは、子どもはできるだけ前者の依存だけに基づいて育てるべきだと考えた)、一般意志への従属は人間への依存ではなく事物への依存であり、だから強固でよいものだと記している。p57

 

思想家は、政治には他者とのコミュニケーションが不可欠だと語る。だから一般意志は政治から遠いと考える。しかし、ひとは必ずしも、相手を物理的に目の前にし、向かいあって会話するときにのみ「他者性」を感じるわけではない。むしろ現実世界においては、あまりにも人間の数が多く、そこにいちいち他者性など感じる余裕のないことのほうが多い(都会の雑踏で擦れ違うサラリーマンに、あるいはコンビニや牛丼屋の店員に他者性を感じるだろうか?)。p114-115

 

彼はつぎのように述べる。「理性によって徳を獲得することは、ソクラテスやそれと同質の人々のすることであっても、人類の自己保存が、人類を構成する人々の理性の行為にのみ依存するものであれば、ずっと以前に人類はもう存在しなくなっていたであろう」。人間は人間(合理的存在)だから社会を作るのではない。人間は中途半端に動物だから社会を作ってしまうのであり、むしろその弱さによって、人間は人間としてかろうじて生き続けてきた。それがルソーの基本的な人間観、社会観なのだ。p124

 

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「国家と社会のヘーゲル的関係」p137

 

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「国家と社会とデータベースの新たな関係」p139

 

現代社会はあまりに複雑で、すべてを見渡せる視線はもはや存在しない。それはすなわち、古典的な選良が存在しないことを意味している。いま「選良」と呼ばれる人々は、現実には特定の「業界」の専門家でしかない。彼らはその業界を離れれば、平凡な消費者、無見識な大衆の一員にすぎない。p152

 

そもそもたいていのひとはそれほど暇ではないし、通勤時間に新書に目を通すのが関の山だ。国民のほとんどは、時間的にも能力的にも熟議に参加することができない。彼らに可能なのは、国政選挙の投票時に、二つか三つの「マニフェスト」からなんとなく気に入ったものを選ぶという、じつに粗っぽい「政治参加」だけなのである。わたしたちの社会は、すでにそのような状況下にある。p185

 

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「テレビ/ポピュリズムの政治家モデル」p195

 

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「密室/選良主義の政治家モデル」p196

 

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ニコニコ生放送/民主主義2.0の政治家モデル」p196

 

熟議こそがひとを共同体に閉じ込める。対面の話し合いは島宇宙の談合を生み出すだけだ。ネットの彼方から到来する「事故」のような他者こそが、わたしたちを本当の意味での外部に連れ出してくれる。連帯を可能にしてくれる。p222

 

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ヘーゲル的社会」p228

 

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「ネットワーク的社会」p228

 

未来の世界の人々は、国家による資源や基礎所得の配分について、まさにこの水の配分と同じように考える。住民が必要とする水量を計算し、供給に支障がないように水源を確保するのが水道局の仕事であるように、住民が必要とする所得の総量を計算し、供給に支障がないように財源を確保することが国家の仕事になる。だから市民は、その運営にほとんど関心を寄せない。この比喩においては、政治家や官僚は水道局の局員に、そして本書が主題としてきた一般意志2.0は水の需要予測に相当している。水道局局員の意志が需要予測に制限されるように、政治家や官僚の熟議は一般意志2.0に制限される。それが未来の国家だ。p242

 

info

■『一般意志2.0ーールソー、フロイト、グーグル』

2011年11月25日 第1刷発行

著者:東浩紀

装幀:帆足英里子

発行者:鈴木哲

発行所:講談社

印刷所:凸版印刷

製本所:黒柳製本

 

■目次

序文

1

第一章

第二章

第三章

2

第四章

第五章

第六章

第七章

第八章

第九章

第一〇章

3

第一一章

第一二章

第一三章

第一四章

第一五章

参考文献

固有名索引

謝辞