『教授のおかしな妄想殺人』ウディ・アレン

ウディ・アレンだから仕方ない

 

とある哲学教授が、存在の退屈さから逃避する口実として、見ず知らずの女性を救うために悪徳判事を殺すことを正当化する。それだけの話。

 

とはいえ、この作品が面白くないということにはならない。この作品は「どちらかといえば面白い」部類に入る。「どちらかといえば面白い」というのはつまり「とても面白い」ではない、ということ。というのはつまり「それほど面白くない」ということだ。ウディ・アレンだから仕方ない。

 

教授に惹かれていく女子学生のセリフが印象的だ。「ひとつに決められない」。愛する対象を一人に限定できないと言う。この対象の未決定性は、実存的な行為を殺人に限定した教授の存在様式と正面から対立する。教授は対象を悪徳判事一人に限定した。愛する対象ではなく殺す対象だったが。

 

生きる意味として見出したのが一人の男を殺すことだった男と、一人の愛する人に生きる意味を見いだせていなかった女の、ちょっとおかしな、しかしシリアスなすれ違い。観た後に何か考えさせられるものが残るかと言えば、そうではない。それもウディ・アレンだから仕方ない。