小説

【短編小説】『ある島の不可能性』第7話

三十七 セキュリティのかかって開かない扉を一つずつ通り過ぎて行くうちに、私は入り口から見てちょうど反対側の部屋までたどり着いた。その部屋は12号室であった。12号室の扉にはセキュリティがかかっていなかった。入り口正面の部屋と同じようにノブ式…

【短編小説】『転職』

一 新卒から三年働いた仕事を辞め、家に引きこもってから半年が過ぎた。 転職サイトに登録して20社ほど面接や試験を受けてはみたものの、どこにも受からなかった。 途中から自分が何のために転職活動をしているのかわからなくなり、それから何のために生き…

【短編小説】『ある島の不可能性』第6話

三十二 とりとめのない回想に耽っているうちにいつのまにか音楽は鳴り止んでいた。背後で突然ポーンという音がした。なにかのスイッチが点灯する音のようだ。振り返ってみると、形の変異した人間のようで人間でないものたちの入った容器がすべて開かれていた…

【短編小説】『侵食』第1話

一 三十三歳の夏に十年以上務めてきた工場をリストラされてから、彼の人生は変わった。四年前に見合結婚した妻は家を出て行き、幼い娘の親権は妻に譲ることになった。 彼には親しく話す友人といったものはなく、会社の同僚たちとはたまの帰りに酒を肴に仕事…

【短編小説】『ある島の不可能性』第5話

二十九 音がなく見ることができない? 光がなく聴くことができない? そういう状態が想像できない。 組み合わせが逆のように思えた。 対角線上に位置した4つの点が交錯する中央に音と光がある。 そのどちらかが消えても4つの点はうまく交差することができ…

【短編小説】『ある島の不可能性』第4話

二十四 30分ほど歩くと施設の入り口に着いた。入り口の看板には「TheLaboratry」と書いてあった。やはり何らかの研究施設か。こんな森の奥にあるにもかかわらず、全面ガラス張りの手入れの行き届いた最新の建物だった。外側から見える部分は円形の施設内部…

【短編小説】『ある島の不可能性』第3話

十五 しばらく進むと道の脇に一軒の小屋があった。その小屋の色や形は空港にあった小屋と全く同じだった。薄汚れた木造の小屋、その錆びた鉄製のドアを開けると、中には一人の男がいた。男は色あせたチェックのシャツに色あせたブルーのデニムという装いで、…

【短編小説】『神』

神 彼は小さなアクリルケースの中に一匹の虫を飼っていた。何もないアクリルケースの中をあてどなく彷徨うその虫を見て、彼は自分がまるで一つの生命の運命を支配する全能の神になったかのように感じるのであった。ある時、彼はその虫を人差し指で潰して殺し…

【短編小説】『ある島の不可能性』第2話

八 詩的な謎かけではあったが、明らかなメッセージが一つ読み取れた。とにかく夜に森に行け、ということだ。島に到着したのが正午であったため、八時間ほど待たなければならない。赤ちゃんはすやすやと眠っている。私はとりあえず椅子に座り一息つくことにし…

【短編小説】『ある島の不可能性』第1話

一 私は仕事の海外出張である島に行くことになった。その島はニューギニア島の近くにある無名の島だということしか事前に情報は与えられていなかった。ネットで検索しても何も情報は得られなかった。もちろん私はその業務命令に内心納得してはいなかったが、…

【短編小説】『学級崩壊』

一 僕のクラスの人たちはみんな死んだ。毎日、学校に行く度に一人ずつ死んでいった。先生は毎日「今日は○○くんが亡くなりました」と説明してから授業を始めた。そうしていまでは僕のクラスには僕しか残ってない。僕だけが先生の授業を受けられるのだ。 二 先…

【短編小説】『理想100パーセントの女の子と出会うことについて』

一 出会いを求めていた。大川昇平二十七歳。大学時代からの友人たちが次から次へと結婚して子供の話ばかりする中で、彼はいまだに独身で、特定の彼女もいなかった。 たまに合コンで知り合った女の子と寝ることはあっても、続かない。出会い系サイトでメッセ…

【短編小説】『島』

一 島の半径は一キロメートルにも満たない。この島に漂着してから一ヶ月が過ぎ、どこに何があるのかはだいたいわかった。一ヶ月前私はハワイ島から離島に向かうツアーに参加した。甲板で透き通る美しい海を眺めていると、突然天候が変わり、激しい嵐に呑まれ…

【短編小説】『呪文』

タカハシくんはノートの端にいつもなにやら見たこともないような文字を書いていた。それから数学の授業でも見たこともないなんらかの図形も。 放課後の帰り道で僕がタカハシくんにいつもタカハシくんはなにを書いているのと聞くとタカハシくんは言った。 「…

【短編小説】『陰影』

一 河川敷沿いのアパートの一階で暮らしていた。朝六時に起き、徒歩五分の工場に向かい、夕方六時まで金属を加工して活字を作るのが仕事であった。社員は自分を含めて五人、みな気の良い五十歳前後の男たちだった。一日の仕事を終えると彼らが晩酌をするため…

陰影 十二

十二 雄二の背中から何本もの触手が生えてくる。それは脳髄のような色と質感をしておりうねうねとのたうちながら四方に伸びていく。腕や脚の毛が人間の体毛から獣のような灰色の毛に変わっていく。耳は針のように尖って、目は黒一色に染まり、歯は胸のあたり…

陰影 十一

十一 いつもの雄二だった。雄二はいつだって延々と話しまくる。そうだ、目の前のこの雄二、自意識の部分だけと言っているが、思い返してみれば、まさしく雄二は、いつだって自意識の塊のような奴だった。自意識の塊のような奴は嫌いだ、クリエイティブをこと…

陰影 十

十 活字を彫ることと、薄紫色の靄のかかった空間で獣と人間の混ざった声のする方へと近付いて行くことは、ほとんど変わらない。未だ具現化していない物質にこちらから影響を及ぼして、確かな形を形成させることが目的であり、それ以外のことは枝葉に過ぎない…

陰影 九

九 「おまえは雄二なのか。こんなところで何をしてるんだ。おまえ、死んだんじゃなかったのか」 薄紫色の淡い靄に包まれて、こちらに背を向けて蹲っているそれに、思わずそう問いかけていた。 「ぶしゅるぅぅぅ、ぶしゅるぅぅぅ」 それは問いかけに答える様…

陰影 八

八 二年前の夏、雄二は死んだ。雄二の妻の仁美さんから突然電話が来て、それを知った。入水自殺だった。ある日突然雄二が帰ってこなくなり、仁美さんが警察に捜索願いを出したが見つからず、雄二の務めていた会社の人も、その日にいつも通り定時退社した雄二…

陰影 七

七 「ふしゃるぅぅ、ぶぉぁぅぉぁ」 「ぶぉぉぉお、おぅおぁぅうう」 一歩また一歩と薄紫色の靄をかき分けて進むほど、声は次第に大きく近くなっていく。いったい何なんだ。何故こんなことになっている。何故逃げることができないのか。何故自分の意思とは裏…

陰影 六

六 大学時代、雄二は口癖のように言っていた。 「人間の想像力なんてたかが知れている。それでも、人間は想像するしかないんだ」 人間の想像力か、そんなことを考えなくたって、人間は想像するじゃないか、想像力の範囲がどこまで及ぶか考えるより、とりあえ…

陰影 五

五 朧げな眠りから重い瞼を上げると、いつの間にか深い霧は薄く四方へ拡散し、底に沈んでいた意識が水面に浮上して来るのを感じる。覚束ない体を少しづつ起こし、周囲を見回してみると、さっきまで乗っていた自転車が何処にも見当たらない。たしかに河川敷で…

陰影 四

四 ゾンビはすでに死んでいる。死んでいるとは如何なる状態の事を云うのだろう。ゾンビは肉体が動いていても魂がない。物事を判断する理性というものがない。他の人間と話をする事も出来ない。それでは死んでいるとはつまり理性を失っている状態の事だろうか…

陰影 三

三 百メートル程の商店街のちょうど中間辺りに街で唯一のレンタルビデオ屋がある。店先に自転車を停めレインコートを脱いで中に入る。黒い半袖シャツの店員が暇そうに何やら棚を弄っている。レジにいる二十代後半くらいの店員がガシャッガシャッと手際よくケ…

陰影 二

二 目覚めるともう三時だった。布団から上体を起こし窓を開けるとさらさらと霧の様な雨が降っている。庭の草木や小石や背の低い塀の向こうに見える河川敷、その対岸の平坦な街並みもみな視界に映るすべてが霧雨に覆われていた。 室内のじっとりと冷たい空気…

陰影 一

一 河川敷沿いのアパートの一階で暮らしていた。朝六時に起き、徒歩五分の工場に向かい、夕方六時まで金属を加工して活字を作るのが仕事であった。社員は自分を含めて五人、みな気の良い五十歳前後の男たちだった。一日の仕事を終えると彼らが晩酌をするため…