エッセイ

現実に水を差すための文学

少なくとも文章をものするには兎に角書かなくっちゃあならない。そういうわけでなにやら書き始めるわけだがいっこうに自分でもピンとくる文字列が出てくる気配もない。小説家たるものは登場人物が他の登場人物と出会って関係を持って、いろいろと考えたとい…

何を書くかということについて

夏目漱石の文章における科学や哲学は自然に会話の中に落とし込まれており、学術論文のような読みづらい文体ではない。会話文以外の部分でもつねに学者でないそこらの一般的教養を持った読み手が途中で投げ出さずに読めるように意識して書かれている。漱石の…

湖までの距離はあと1kmくらいか。朝5時に山小屋を出てから50分ほど歩いてきた。特に目的もなく湖に行くと決めたのはひどい咳で深夜3時に目が覚めてしまったからだ。とにかく何か新しい静謐な感覚が必要だと感じられた。過去を大きく見積っていたのだと思った…

「大きな目的」に向かって生きるのか、それとも、「いまこの時」を生きるのか?/エレファントカシマシ 宮本浩次

宮本浩次 1/3 生き方には「大きな目的」に向かって生きて行くことと、「いまこの時」を生きて行くこととの二つあるように見える。しかし、実際には、その二つの生き方は表裏一体だ。 エレファントカシマシの宮本浩次は、いい歌を他の人に届けるという「大き…

日々のけむり

かろうじてまとまりを保っている 身体が精神によってなのか 精神が身体によってなのか 自分自身というものは 自分自身について何も知ってはいない 明日がくることも 今日がこうして過ぎていくことも かろうじてつかめる気がしている すぐにまた手からこぼれ…