Fleur Aux Questions

よくあるご質問

道徳を基礎づける フランソワ・ジュリアン

道徳を基礎づける 孟子vs.カント、ルソー、ニーチェ (講談社学術文庫)作者: フランソワ・ジュリアン,中島隆博,志野好伸出版社/メーカー: 講談社発売日: 2017/10/11メディア: 文庫この商品を含むブログ (3件) を見る 結論:現状、道徳を基礎づけられない。原因…

デニス・シャポバロフ

左利きで片手バックハンド。 金髪イケメン。 躍動的で見てて楽しいプレースタイル。 まだ18歳! ネットプレーを洗練すればトップ5には入れる。 ティアフォーと並んで注目してるプレーヤーです。 最近ナダルに勝った。 すごい。

私の財産告白

4分の1貯金をベースに 株式投資によって 富を築いたとある教授の話。 4分の1貯金: 給与の1/4+臨時収入の全額 を貯金するという貯金方法 お金は使えばなくなる。 使わなければそのまま。 増えるところに置けば増える。 お金にたいする姿勢は まるでストア派の…

ジョン・ウィック

映画にCinemaとMovieがあるとすれば これはMovieの方に位置する。 Cinemaがストーリーで魅せるのに対し Movieは動きで魅せる。 ブルース・リーやジャッキー・チェン いわゆるアクション映画のジャンル。 動きで魅せるMovieの特徴は、 ストーリーがシンプルで…

勉強の哲学 来るべきバカのために

基本的には直線によって進行している。 その直線の進行方向をそらすこと。 別の仕方であることに生成変化すること。 それは行動を決定する概念のアレンジメントを 変えることによって可能となる。 いわゆる逃走線だ。戦争機械でもある。 逃走線を描く者とい…

インヒアレント・ヴァイス

ピンチョンは競売ナンバーの叫びとか スロー・ラーナー、ヴァインランド あたりは読みました。が この映画の原作のLAヴァイスは読んでない。 探偵が主人公の話は、 自由な感じが魅力なんだと思うが、 探偵も、どうでもいい 他人の問題に巻き込まれるわけで …

フランシス・ティアフォー

この前、ズベレフに勝ったティアフォー。 面白いプレーヤーです。 センスのいいスライスがクール。 コンパクトなスイングですごいボールを打つ。 モンフィスも好きですが、 ティアフォーのほうが現代的でスマートな テニスをする感じがします。 Couple has s…

スパイダーマン:ホームカミング

この自作スーツ これこそがスパイダーマン。 自作武器(ウェブ・シューター)を駆使する 自作ヒーロー アイアンマンなぜ出てきた? たぶん大人と子供の比較的な。 アベンジャーズを断り あえて個人的なヒーロープレイを選ぶ それがスパイダーマン。 Your Frie…

ラ・ラ・ランド

気付けば日常に埋没していて、いつかの狂気や夢はどこかに消えている。狂気や夢、それはスポットライトを浴びるということ。他の誰でもない自分が表現されること。 セバスチャンが雇われピアニストとしてクリスマスソングを弾くシーン(BGM演奏家に徹する姿…

知的トレーニングの技術

知的活動には方法がある。世界にたいして何の方法ももたずに対峙することは、何をどうしていいかわからない目眩を起こさせる。 アントワーヌ・ロカンタンが吐き気をもよおしたように、世界とは何か不気味なもの、恐ろしいほどの混沌として私たちの目の前に広…

ドクター・ストレンジ

ドクター・ストレンジは医者だったが事故で両手の自由を失い、治療を求めてエンシャント・ワンという魔術師に弟子入りする。 エンシャント・ワンは原作のような老人のいかにもな魔術師ではなく、ティルダ・スウィントン演じる謎の女性というところがいい。 …

旅──楽しさを装った絶望者と絶望者を装った楽しさ

楽しさを感じないのは、文章の細部をよく見ず、要約や主張のみを意識して読んでたからなのではないかと思った。 いままで読んだ本を再読して、なんとなく理解していたものを要約して自分の道具にしようと思うようになってから、その傾向は強くなっていた。 …

「私にとって」文章の楽しさとは何か?ーー冒険小説と詩的な観想文

★ 文章を読む楽しみは、考えれば 考えるほど遠ざかるのかもしれ ない。楽しいとは何か考えだす *楽しさは と、楽しいという気分のモード 思考のなさ ではなくなる。楽しいとは何か にあると言 考えることじたいが楽しければ えるだろう いいが、そういうわ…

ロラン・バルト『テクストの楽しみ』

あなたが書くテクストは、それが私を欲望する証拠を私に与えてくれなくてはならない。p12 読むことの楽しみはあきらかに、ある種の決裂から生まれる(あるいは、ある種の衝突から)。p13 文化やその破壊がエロティックになるのではない。エロティックになる…

琥珀色の街、上海蟹の朝

またくるりは余計なことをした。くるりはいつも余計なことをする。そして余計なことをするのがうまい。中途半端なクオリティを極めている。 表題曲の『琥珀色の街、上海蟹の朝』は、よくできたラップミュージックである。シティポップと真部脩一のパクリ的な…

アナと雪の女王

いまさらですが、『アナと雪の女王』を観ました。 まず、オラフがかわいかった。それにつきます。 エルザは生まれつき氷の魔法の力を持っていて、その使い方次第では人を傷つけてしまう。 そういう、すごいけど人を傷つけることもある 自分の個性をどうコン…

清水富美加の出家についてーー科学的にみたばあいの他人の幸福と自分の幸福

★ 友人が出家したことがある。 彼は職場の休憩室でいつも仏 *友人は京 教関係の書籍を読んでいた。 都のお寺で 私はフランス哲学をよく読ん 二年間修行 でいたので、互いの得た知見 に入ってい などを話し合ったりしていた る。 。 Facebookで彼が出家する…

ティム・バートン『ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち』ーー作り込まれた個性について思うこと「ティム・バートン」と「ハンバーグ師匠」

★ ティム・バートンは、よく 作り込む。『ミス・ペレグ *職人芸とい リンと奇妙なこどもたち』 えばいいのだ も細部までよく作り込まれ ろうが、つま ている。作家の個性を持っ りはルーティ た手作りの作品という言葉 ンワーク=流 がしっくりくる。 れ作…

石川美子『ロラン・バルト 言語を愛し恐れつづけた批評家』

★ ロラン・バルトはなにがしたかった のか?権威主義的なもの、多数派、 単一性、そういうものが嫌いだった だろう。たいして繊細なもの、少数 派、複数性、そういうものが好きだ っただろう。 作者の死を持ち出すまでもなく、解 釈の多様性の側に立つこと。…

マーティン・スコセッシ『沈黙』──弱い者にとっての「信仰」とはいったい何か?

★ マーティン・スコセッシ監督の 『沈黙』を観てきました。窪塚 *窪塚洋介 洋介が好きなのでミーハー気分 は『ジ・エ にまかせて観たものの、予想以 クストリー 上に重い感じで観終わった後の ム・スキヤ 余韻がすごい。 キ』がよい 日本に布教に行ったフェ…

言葉の解釈について

★ 丸いものを四角いものと見間違えることがある。そういう時はきまって距離が遠い。よく見ずにそうだと決めてしまう。それはそういうふうに思いたいということだ。それに近くで見たからといって見間違えることがなくなるわけではない。どんなに近くで見ても…

21世紀を代表する思想家バズ・オズボーン──「ヘヴィネス(重さ)」と「スローネス(遅さ)」の哲学

★ 『有限性の後で』で有名な思弁的実在論の中心人物クァンタン・メイヤスーや、カント思想を軸に思弁的実在論に異議を唱える『神話・狂気・哄笑』のマルクス・ガブリエル、その他(その他は本当に「その他」でまとめてしまってかまわないほどとるにたりない)…

東浩紀『一般意志2.0ーールソー、フロイト、グーグル』

★ 人民全員でひとつの意志を形成すること(一般意志)は、ルソーの構想においては、必ずしも人民全員で政府を運営すること(民主主義)に繋がらない。彼にとって重要なのは、国民の総意が主権を構成していること(国民主権)、ただそれだけなのであり、その主権が…

重田園江『社会契約論ーーホッブズ、ヒューム、ルソー、ロールズ』──素朴な疑問を哲学者にぶつけてみること

★ 著者の重田園江はミシェル・ フーコー研究者で、他の著作 に『ミシェル・フーコーー近 代を裏から読む』や『連帯の 哲学Ⅰーーフランス社会連帯主 義』などがある。どの著作も 文体がとてもいい感じなので 下記いくつか引用する。 ホッブズは世界を、個人よ…

ジル・ドゥルーズ『ジル・ドゥルーズのアベセデール』N(神経科学)

★ …そのことについてはこう考えることにしている。私は確信するのだが、同じものにも多様な読み方がありうる。もちろん「哲学」からしてそうだ。 哲学書を読むのに哲学者である必要はない。哲学書は二通りの仕方で読むことが可能だ。いや必要だ。非哲学的に…

いまここにしか存在できないことについて

★ キルケゴールの「あれか/これか」という実存的選択の不可避性(=実存的選択の強制)。ドゥルーズ的な「宙吊り」また、それを発展させた千葉雅也の「中間痴態」の態度は現実の場において必ず崩れ去る。現実の場においては「未決定性」も「並行的選択」もまっ…

キルケゴール『死に至る病』

★ 死に至る病とは絶望のことである。絶望 してる人は瞬間ごとに絶望を自分に引き 寄せている。絶望は関係にたいする関係 の病だから、その責任はつねにそのひと 自身の関係づけにある。絶望は死にたい けど死ねないのくり返しである。絶望は その無力さによ…

ジル・ドゥルーズ『プルーストとシーニューー文学機械としての「失われた時を求めて」』

★ 思考には「思考を強制するもの」との出会いが必要である。科学でも哲学でも芸術でも、生まれつきア・プリオリに思考する対象が選択・決定されているわけではない。数学の定理を発明するのも哲学の概念を発明するのも芸術の絵画を創作するのも、すべて「思…

ライアン・ホリデイ『苦境を好機にかえる法則』──読者の行動を変える効力から見た「自己啓発書」と「学術書」また「非専門家」と「専門家」の差異について

☆ 自己啓発書は数限りなく存在する。とはいえそれは学術書も同様だ。プロとアマチュア、専門家と非専門家の違いは、はたして過去の文献を正確に参照することだろうか。おもうにそうではない。引用がたとえ正確でなくても、読者の行動を変える効果を持った本…

東浩紀『弱いつながり 検索ワードを探す旅』必然と偶然ーー出会いと愛の観光旅行

★ 環境から統計的に予測されるだけの人生を 乗り越えるためには、環境を変え、思いつ くこと、〈欲望することそのものが変わる 可能性〉に賭けるしかない。 「強い絆」を築き環境の固定に向かってい るネットを、環境を変える「弱い絆」に満 ちたリアルによ…