Fleur Aux Questions

よくあるご質問

デミアン・チャゼル『ラ・ラ・ランド』──いつかの夢

気付けば日常に埋没していて、いつかの狂気や夢はどこかに消えている。狂気や夢、それはスポットライトを浴びるということ。他の誰でもない自分が表現されること。 セバスチャンが雇われピアニストとしてクリスマスソングを弾くシーン(BGM演奏家に徹する姿…

花村太郎『知的トレーニングの技術』

知的活動には方法がある。世界にたいして何の方法ももたずに対峙することは、何をどうしていいかわからない目眩を起こさせる。 アントワーヌ・ロカンタンが吐き気をもよおしたように、世界とは何か不気味なもの、恐ろしいほどの混沌として私たちの目の前に広…

スコット・デリクソン『ドクター・ストレンジ』

『ドクター・ストレンジ』観てきました。 ドクター・ストレンジは医者だったが事故で両手の自由を失い、治療を求めてエンシャント・ワンという魔術師に弟子入りする。 エンシャント・ワンが原作のような老人のいかにもな魔術師ではなく、ティルダ・スウィン…

旅──楽しさを装った絶望者と絶望者を装った楽しさ

楽しさを感じないのは、文章の細部をよく見ず、要約や主張のみを意識して読んでたからなのではないかと思った。 いままで読んだ本を再読して、なんとなく理解していたものを要約して自分の道具にしようと思うようになってから、その傾向は強くなっていた。 …

「私にとって」文章の楽しさとは何か?ーー冒険小説と詩的な観想文

★ 文章を読む楽しみは、考えれば 考えるほど遠ざかるのかもしれ ない。楽しいとは何か考えだす *楽しさは と、楽しいという気分のモード 思考のなさ ではなくなる。楽しいとは何か にあると言 考えることじたいが楽しければ えるだろう いいが、そういうわ…

ロラン・バルト『テクストの楽しみ』

あなたが書くテクストは、それが私を欲望する証拠を私に与えてくれなくてはならない。p12 読むことの楽しみはあきらかに、ある種の決裂から生まれる(あるいは、ある種の衝突から)。p13 文化やその破壊がエロティックになるのではない。エロティックになる…

くるり『琥珀色の街、上海蟹の朝』ーー余計なことをあえてやること、無意味と戯れること

★ またくるりは余計なことをした。くるりは いつも余計なことをする。そして余計なこ とをするのがうまい。中途半端なクオリテ ィを極めている。 表題曲の『琥珀色の街、上海蟹の朝』は、 よくできたラップミュージックである。シ ティポップと真部脩一のパ…

クリス・バック ジェニファー・リー『アナと雪の女王』ーー真のテーマ曲は「Let It Go」ではなく「雪だるまつくろう」だということについて

★ いまさらですが、『アナと雪の女王』を観ました。 まず、オラフがかわいかった。それにつきます。 エルザは生まれつき氷の魔法の力を持っていて、その使い方次第では人を傷つけてしまう。 そういう、すごいけど人を傷つけることもある 自分の個性をどうコ…

清水富美加の出家についてーー科学的にみたばあいの他人の幸福と自分の幸福

★ 友人が出家したことがある。 彼は職場の休憩室でいつも仏 *友人は京 教関係の書籍を読んでいた。 都のお寺で 私はフランス哲学をよく読ん 二年間修行 でいたので、互いの得た知見 に入ってい などを話し合ったりしていた る。 。 Facebookで彼が出家する…

ティム・バートン『ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち』ーー作り込まれた個性について思うこと「ティム・バートン」と「ハンバーグ師匠」

★ ティム・バートンは、よく 作り込む。『ミス・ペレグ *職人芸とい リンと奇妙なこどもたち』 えばいいのだ も細部までよく作り込まれ ろうが、つま ている。作家の個性を持っ りはルーティ た手作りの作品という言葉 ンワーク=流 がしっくりくる。 れ作…

石川美子『ロラン・バルト 言語を愛し恐れつづけた批評家』

★ ロラン・バルトはなにがしたかった のか?権威主義的なもの、多数派、 単一性、そういうものが嫌いだった だろう。たいして繊細なもの、少数 派、複数性、そういうものが好きだ っただろう。 作者の死を持ち出すまでもなく、解 釈の多様性の側に立つこと。…

マーティン・スコセッシ『沈黙』──弱い者にとっての「信仰」とはいったい何か?

★ マーティン・スコセッシ監督の 『沈黙』を観てきました。窪塚 *窪塚洋介 洋介が好きなのでミーハー気分 は『ジ・エ にまかせて観たものの、予想以 クストリー 上に重い感じで観終わった後の ム・スキヤ 余韻がすごい。 キ』がよい 日本に布教に行ったフェ…

言葉の解釈について

★ 丸いものを四角いものと見間違えることがある。そういう時はきまって距離が遠い。よく見ずにそうだと決めてしまう。それはそういうふうに思いたいということだ。それに近くで見たからといって見間違えることがなくなるわけではない。どんなに近くで見ても…

21世紀を代表する思想家バズ・オズボーン──「ヘヴィネス(重さ)」と「スローネス(遅さ)」の哲学

★ 『有限性の後で』で有名な思弁的実在論の中心人物クァンタン・メイヤスーや、カント思想を軸に思弁的実在論に異議を唱える『神話・狂気・哄笑』のマルクス・ガブリエル、その他(その他は本当に「その他」でまとめてしまってかまわないほどとるにたりない)…

東浩紀『一般意志2.0ーールソー、フロイト、グーグル』

★ 人民全員でひとつの意志を形成すること(一般意志)は、ルソーの構想においては、必ずしも人民全員で政府を運営すること(民主主義)に繋がらない。彼にとって重要なのは、国民の総意が主権を構成していること(国民主権)、ただそれだけなのであり、その主権が…

重田園江『社会契約論ーーホッブズ、ヒューム、ルソー、ロールズ』──素朴な疑問を哲学者にぶつけてみること

★ 著者の重田園江はミシェル・ フーコー研究者で、他の著作 に『ミシェル・フーコーー近 代を裏から読む』や『連帯の 哲学Ⅰーーフランス社会連帯主 義』などがある。どの著作も 文体がとてもいい感じなので 下記いくつか引用する。 ホッブズは世界を、個人よ…

ジル・ドゥルーズ『ジル・ドゥルーズのアベセデール』N(神経科学)

★ …そのことについてはこう考えることにしている。私は確信するのだが、同じものにも多様な読み方がありうる。もちろん「哲学」からしてそうだ。 哲学書を読むのに哲学者である必要はない。哲学書は二通りの仕方で読むことが可能だ。いや必要だ。非哲学的に…

いまここにしか存在できないことについて

★ キルケゴールの「あれか/これか」という実存的選択の不可避性(=実存的選択の強制)。ドゥルーズ的な「宙吊り」また、それを発展させた千葉雅也の「中間痴態」の態度は現実の場において必ず崩れ去る。現実の場においては「未決定性」も「並行的選択」もまっ…

キルケゴール『死に至る病』

★ 死に至る病とは絶望のことである。絶望 してる人は瞬間ごとに絶望を自分に引き 寄せている。絶望は関係にたいする関係 の病だから、その責任はつねにそのひと 自身の関係づけにある。絶望は死にたい けど死ねないのくり返しである。絶望は その無力さによ…

ジル・ドゥルーズ『プルーストとシーニューー文学機械としての「失われた時を求めて」』

★ 思考には「思考を強制するもの」との出会いが必要である。科学でも哲学でも芸術でも、生まれつきア・プリオリに思考する対象が選択・決定されているわけではない。数学の定理を発明するのも哲学の概念を発明するのも芸術の絵画を創作するのも、すべて「思…

ライアン・ホリデイ『苦境を好機にかえる法則』──読者の行動を変える効力から見た「自己啓発書」と「学術書」また「非専門家」と「専門家」の差異について

☆ 自己啓発書は数限りなく存在する。とはいえそれは学術書も同様だ。プロとアマチュア、専門家と非専門家の違いは、はたして過去の文献を正確に参照することだろうか。おもうにそうではない。引用がたとえ正確でなくても、読者の行動を変える効果を持った本…

東浩紀『弱いつながり 検索ワードを探す旅』必然と偶然ーー出会いと愛の観光旅行

★ 環境から統計的に予測されるだけの人生を 乗り越えるためには、環境を変え、思いつ くこと、〈欲望することそのものが変わる 可能性〉に賭けるしかない。 「強い絆」を築き環境の固定に向かってい るネットを、環境を変える「弱い絆」に満 ちたリアルによ…

吉川浩満『理不尽な進化 遺伝子と運のあいだ』専門家の内輪揉めを非専門家が好奇心をもって眺めてみたら進化についてわかった二、三の事柄

★ ドーキンスもグールドも目指す方向は変わ らない。進化論をより洗練されたものにす る方向だ。ドーキンスは自然淘汰とその必 然性が好きで、グールドは環境の制約とそ の偶然性が好きというちがいがあるように みえる。進化論の現況としては、自然淘汰 と…

松岡正剛『多読術』「目次」を読むという「前戯」

★ 松岡正剛の千夜千冊が好きで、よく読んで いる。さまざまなジャンルの本を読みこな し、おもしろく紹介する博覧強記には、敬 服の念をもつ。いつもありがとうございま す。…というわけで、『多読術』を再読し てみました。べつに「多読」したいわけで はな…

ナタリー・サルトゥー=ラジュ『借りの哲学』必ずしもすべてを返さなくてもいい《借り》について

★ 《贈与》が《借り》となり、その返却があらたな《贈与》となることで、《返礼を求めない贈与》(無償の愛)は時代を超えて受け継がれていく。p22 私たちは先行の世代や社会に「生まれなが らの借り」があり、それを次世代の子供た ちやその社会に返してい…

ピエール・バイヤール『読んでいない本について堂々と語る方法』

★ 一冊の本を読むということは、他の本を読 まないということと表裏一体となっている 。この世界の片隅に閉じこもってしまわな いために、一冊の本を読みこむことを控え 、さまざまな本の位置関係をつかむように したほうがよい。 本を読むということには、…

永田カビ『さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ』ーー「〜できない」という戦略の代償

★ 文学の世界には、「〜できない」ひとたち がいっぱいいる。文学の世界は「〜できな い」ひとたちでできているといっても言い 過ぎではないくらいだ。書くことができな い代書人、出勤できず虫になった商人、就 職できない高等遊民…。 永田もご多分に漏れず…

ウディ・アレン『教授のおかしな妄想殺人』ーーウディ・アレンだから仕方ない

★ とある哲学教授が、存在の退屈さ から逃避する口実として、見ず知 らずの女性を救うために悪徳判事 を殺すことを正当化する。それだ けの話。 とはいえ、この作品が面白くない ということにはならない。この作 品は「どちらかといえば面白い」 部類に入る…

川崎昌平『重版未定』

★ 漫画は題材をわざとらしく強調して描くものだし、漫画を読む人もそういう刺激的な戯画化を求めている。ただ、題材にたいする愛情に欠けると、それがどんなに面白おかしい表現に成功していても、下劣さの感をぬぐえない。その点、この漫画『重版未定』は、…

ジル・ドゥルーズ『無人島 1953-1968』6 カフカ、セリーヌ、ポンジュの先駆者、ジャン=ジャック・ルソー

★ 邪悪さは人間社会によって発生 するもので、善良さと邪悪さと いう区別は、ア・プリオリに存 在する真実ではなく、人間社会 によってア・ポステリオリに作 られた虚構の産物だと言う。 ルソーは、邪悪さは人間社会の なかでも、とくに抑圧的な利害 関係か…

清水幾太郎『論文の書き方』

要点まとめ 書くことで読むことは完了する。 短文に書く想定で読むと読みが深くなる。 短文は長文という機械の部品となる。 問題-答えのイメージを観念として書きつけ、短文の群をつくる。 文体とは思想の形式のことである。 主語と、肯定/否定を、明確に書…

ロラン・バルト『明るい部屋 写真についての覚書』「それはかつてあった」ということ

写真には、対象がかつてそこにあったという確実性がある。 写真には、見るものによって、社会的教養としての見かたと、心の傷をつき刺すものとしての見かたとがある。 そういうふうに分類してはみたものの、バルトは本の半分くらいのところで分析をやめてし…

桑原武夫『文章作法』

要点まとめ 意識的にまねせずとも、読んだ文章の影響は必ず出てくる。 文章には、伝えるべき対象がいる。 できるだけ素直に短く伝える。 平明に書いて、ポイントだけ際立たせる。 「、」「。」は文章の呼吸。 漢字は強調する語に使い、その周囲はひらがなに…

梅棹忠夫『知的生産の技術』

★ 梅棹は、アイデアはすぐに記憶から 消えてしまうため、カードを持ち歩 いてつねに書いておくのがよいと言 う。そのカードを適当な箱に分類し て保管しておけば、アウトプットを する時にテーマに沿ったカードを机 に広げて、自分の思考をひと目見て 整理で…

ジャン・ラクロワ『カント哲学』──目の前の道具を使って、何を作るのか

★ カントほど概念という道具の利用 に長けた哲学者はなかなかいない 。感性、悟性、理性、現象と物自 *職人に 体、ア・プリオリとア・ポステリ はつねに オリ、超越論的、定言命法…。カ 使い慣れ ントはまるでパン職人がパンをこ た秀逸な ねるように熟練の…

ロドニー・アッシャー『ROOM237』ーー解釈はご自由に

★ 何人かの鑑賞者によるキューブリックの 映画『シャイニング』の深読み。「それ って深読みしすぎなんじゃない?」とい う批判がナンセンスなほど、それぞれの 鑑賞者が独自の視点を自信満々に披露す る。 世界は鑑賞者によってそれぞれ異なり、 無数の世界…

國分功一郎『暇と退屈の倫理学』③退屈の解決策について──退屈の根本的な解決策へ

「不法侵入」してくるものに「とりさらわれ」ることを「待ち構える」こと──が、〈動物になること〉で、それは、退屈を解決する受動的な方法である、と言ったが、全く何をする気も起きないほど退屈している人は別として、実はこれはある種の能動的な姿勢がな…

國分功一郎『暇と退屈の倫理学』②退屈の解決策について──能動的な解決策と受動的な解決策

退屈の解決策として、前回の結論である ・「退屈と気晴らしを行ったり来たり」し、「気晴らしを楽しむために訓練する」こと。 ・「現存在の可能性を実現する決断に向かう」こと。 は、行ったり来たりしたり+訓練したり、決断したり、と、どちらも退屈を解決…

國分功一郎『暇と退屈の倫理学』①退屈の解決策について

國分功一郎の本(『暇と退屈の倫理学』)を読んだら、ハイデガーは退屈を三つに分けて考えたということが書いてあった。 その中でもっとも根源的な退屈である退屈の第三形式をあらわす言葉が、 「なんとなく退屈だ」 だという。どこで何をしているかに関わらず…